【現代インド・南アジア次世代研究者合宿 受講生研究発表】発表者:小林磨理恵

現代インド・南アジア次世代研究者合宿

氏名:小林磨理恵(東京外国語大学大学院 総合国際学研究科)
発表タイトル:「ケーララにおける『結婚持参金(ダウリー)問題』にみる民主主義と社会変容」

本報告では、近年のケーララにおける「結婚持参金(ダウリー)」の慣習化及び拡大の傾向を、当地の社会変容の中に位置づけ、検討することを試みた。

ケーララでは、ナーヤル・カーストを中心に多くのコミュニティがかつてダウリーの慣習をもたない母系制度下にあった。ダウリーの慣習化は、母系制度が19世紀末から20世紀初頭にかけて起こった社会改革運動を発端として段階的に解体された時期と前後して始まったものであり、他の地域やコミュニティと比較して近年の現象であるといえるだろう。しかし、1970年代から増加の一途をたどるガルフ諸国への移住労働がダウリーの支払いを容易にしたばかりか、消費主義を高揚させる働きをなし、ダウリーの増額や結婚時の浪費を促している。また、1960年代に共産党政権が断行した農地改革によって貧困層にも土地が分配され、財産の所有が可能になったことも、貧困層にダウリーの支払いを可能にする一助となった。

ケーララ北部、マラバール地域の一農村における現地調査からは、娘を結婚させるためにはダウリーの支払いが不可欠であるとする声が多く聞かれ、結婚ブローカーや相談所の増加や金ショップの拡大などといった「結婚産業」の展開と相まって確立した「結婚絶対主義」の中で、結婚時には夫側縁戚が当然ダウリーを要求し、妻側縁戚がそれに応じて支払うという構図が定着をみたことを物語る。

大半のムスリムが、ダウリーを社会悪だと認識しながらも結婚のためにはやむを得ないと語る一方で、ナーヤルは、ナーヤル・コミュニティ内のダウリーの実態をことさらに否定する。その際には、ダウリーがなかった母系制当時の結婚慣習がナーヤルには現在も引きつがれていると主張したり、ダウリーはムスリムやクリスチャンの慣習だと主張したりする。実際には、高額な金が結婚時に花嫁の両親から娘に対する「ギフト」として贈られ、それが夫側縁戚の財産と化す事例がある。また、ナーヤルの求婚広告にみられる「一切の要求なし/お断り」といった記述が、ナーヤル・コミュニティにおけるダウリーの慣習化を裏付ける証拠として挙げられる。母系制の過去がダウリーを否定する根拠と化し、「ダウリー問題」を顕在化されにくいものにすることが、結果的に母系制時代に守られていた女性の相対的な自由や自律を否定していく可能性がある。また、近年報告されているナーヤル・コミュニティにおける「女児堕胎」の傾向は、母系制時代には喜ばれた女子の誕生が好まれなくなったことを示唆する事実であり、女性の「地位」の低下を指摘できるだろう。「ケーララ・モデル」の主唱者は、ケーララ女性の高い識字率やヘルス・ステータスなどから男女平等が守られた州としてケーララを取り挙げるが、それらの指標だけでは計り得ない女性の「地位」の実態が、ケーララ社会には存在する。「ケーララ・モデル」の真価は、同時代の他州や他国と比較して論じるのではなく、ケーララの社会変容に即して問われるべきであろう。また、何をもって「女性の地位」とするのかという問題は未だ議論の余地を残している。

フロアからは、ダウリーの実態について都市と農村とを比較する必要性が指摘された。また、ダウリーを要求するという行為の背後には、単純に物が欲しいという動機が強くあるのではないかという指摘から、ダウリーの受け渡しに関わる多重的な要因に注視する必要が確認された。とりわけ、経済自由化以降の消費文化の確立がダウリーの高額化に作用している事実や、女性が結婚後の保身のために親にダウリーを要求するというように、女性自身もダウリーの慣習化に加担しているという事実を指摘し、「男性」と「女性」それぞれに内包される多様性や階層性を明らかにすべきことを改めて主張した。

»「現代インド・南アジア次世代研究者合宿」2010

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