【現代インド・南アジア次世代研究者合宿 パネルのまとめ】パネル2:「開発」

現代インド・南アジア次世代研究者合宿

報告者氏名:川中薫(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

パネル2は、京都大学拠点(KINDAS)の石坂晋哉研究員と広島大学拠点(HINDAS)の宇根義己研究員によりコーディネートされ、現代インド・南アジアにおける「民主主義と社会変容」をみるうえで、経済発展やグローバル化する世界と地域社会、環境との関係をみることが有効ではないかという問題認識のもと3本の報告がなされた。報告ごとに活発な質疑応答がなされた。

人文地理学の観点から「工業化と地域社会」を述べた宇根氏の報告では、工業団地開発に焦点をあて、ヒマーチャル・プラデーシュ州(HP)、ウッタル・プラデーシュ州(UP)、マディヤ・プラデーシュ州(MP)の3都市における工業団地内の企業立地について、団地開発主体の政策のちがいや近隣都市とのアクセスのちがいが企業立地にどのように影響するか、工業化における地域性が詳しく説明されるとともに、工業団地開発にともなう地域社会の変容として大都市近隣地域と地方都市近隣地域の例を紹介し、工業化による地域社会への影響にちがいがみられることが考察された。工業団地の地域への影響という点について、多くの質問とコメントがなされた。地方においてさまざまなチャンスがもたらされる、もしくは、チャンスはあってもカーストによって制限が生じたり、ちがいがあるという点にさらなる研究が期待されるとともに、今後は、女性のエンパワーメントや知的インフラの整備への影響にもさらなる議論が期待されるという。

文化人類学の観点から「ネパールにおける民主化・近代化と新たな共同性の創出―『肉売りカースト』の生活実践から―」を述べた中川加奈子氏の報告では、家畜の屠殺解体や肉売りを請け負ってきたカースト「カドギ」に焦点をあて、民主化・近代化を背景にカースト秩序が揺らぐカトマンズにおいて、カドギが食肉市場の需要拡大を受け、日常的な商慣行を(カースト間関係を)変化させている様相がフィールドデータによって詳しく説明されるとともに、カドギカースト団体によるカースト内連帯の機会を増加させている様相が示され、経済的変化と社会的変化の両立で揺れるカドギの新たなカースト間関係再編の可能性がみられるのではないかという考察がなされた。商慣行の変化で、食肉加工の技術はどのように継承され保たれるのか、政策がもたらす影響についてカドギの反応はいかなるものかという質問がでるとともに、新たなカースト間関係再編へという結論について、今後さらなる議論が期待されるという。

「環境と政治・社会」を述べた石坂氏の報告では、現代インドにおける環境問題、環境をめぐる運動や言説を歴史的に詳しく説明されるとともに、元開発側におり、現在、環境大臣を務めるJ.Ramesh氏の例をあげ、インド社会や政治の在り方にどのような影響があったのか、さらには、インドの環境問題の主体が、影響をもっとも受ける貧しい人びとという固定された人びとから、流動的な主体へ移行しているという点を指摘し、運動の成否ではなく、運動を通じて新たな人びとのつながりがみられるということがインドの政治もしくは民主主義のありようをより理解するキーになるのではないかという考察がなされた。

これらの報告から、経済状況の変化、グローバル化の影響が地域社会もしくは環境を取り巻く状況に変化を与えていることが具体的に理解されるとともに、今後、地域社会への影響、集団と個人の関係や、都市と農村関係の変容など、研究がより一層発展していくものと期待される。

 

報告者氏名:小西公大(日本学術振興会特別研究員PD/東京大学東洋文化研究所)

本パネルは、「開発」と題してはいるものの、通常我々がこの語で想起する様々な問題系――たとえば「参加型」開発や、「持続可能性」の問題など――をあげ、狭義の「開発」における可能性を模索するものとしては想定されていない。むしろ、南アジア諸社会をとりまく多様な社会変容の因子を、広く外的な環境として捉え、その中で住民や政策側の交渉の在り方を微視的に捉える事が目的とされていた。具体的には、第一発表者である宇根さんによる工業団地開発に伴う地域社会の変容、第二発表者である中川さんによるネパールにおける市場経済の浸透と、それに対応しようとする「肉売りカースト」の人々の変化の様態という、近年の「変化」を起点とした問題設定がなされていた。こうした変化を、二人の発表者はそれぞれ「工業化」「民主化・近代化」という言葉に置き換えて報告されていた。

第三発表者である石坂さんの発表は、こうした変化の背景に存在する「環境」にまつわる言説を、大きな枠組みの中で通時的に捉えようとするものであった。そのため、具体的な事例に入る前に、石坂さんの提言を先に提示した方がまとまったのではないか、という印象を受けた。

宇根さんの発表は、2003年の工業立地の優遇政策開始がターニングポイントとなった産業集積の形成と地域社会の変容の様態を、HP州、MP州、NOIDAの3つの事例を用いて提示するものだった。結論としては、インド型の工業団地開発の特徴として、周辺農村や地域のインフラ等も含めた比較的一体性を持った開発である点があげられた。発表後の議論では、工業化に伴うインフラ整備やそれを支える税制の問題、開発主体の詳細などに論点が集中した。一つ残念だったのは、全体を通して工業団地開発に対する地域住民の対応に関する理解や議論が今一つ深化しなかった点である。

中川さんの発表は、カトマンドゥに居住する「肉売りカースト」ガドギに焦点を当て、彼らの日常的な商慣行における他カースト(特にムスリム)との交渉の在り方を提示し、彼らの価値規範の変化やカースト秩序の揺らぎを明らかにするものだった。肉食をめぐる価値の交渉過程を描いた発表で、議論は市場経済が浸透する中で生起するカースト間関係の動態に集中した。また、発表者が使用した「存在の平等性」(田辺論文より)に関する疑問も呈された。素材の興味深さと抽象化された議論に多少のズレを感じながらも、今後の研究が期待される内容であった。

石坂さんの発表は、1970年代以降の「環境」言説について非常に分かりやすくまとめられており、なかでも現環境・森林大臣であるJairam Ramesh氏の言動の紹介は貴重なものであった。インドにおける環境運動の系譜を紹介しつつ、社会運動そのものの意義や可能性にも触れた。議論は「戦いの運動」ではなく、繋がりを求めて行く新たな社会運動の方向性に対する問題に焦点が当てられた。

一見ばらばらに思えるこれらトピックも、様々な外的要因(=「環境」)に左右されながら、そうした状況に対峙し交渉し続ける人々の日常的営為を扱っているという点で、相互に深く結び付き合っていると感じられた。

»「現代インド・南アジア次世代研究者合宿」2010

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