【現代インド・南アジア次世代研究者合宿 パネルのまとめ】パネル1:「市民社会」 

現代インド・南アジア次世代研究者合宿

報告者氏名:赤木綾香(鳥取県立高等学校)

このパネルではインドにおける「市民社会」について多角的に議論がなされた。特に質疑応答を中心にまとめた。

「セキュラリズム論」
経済自由化やグローバル化の影響について、中東への出稼ぎが増えたことでムスリムは経済的に上昇し、ヒンドゥーとの対立が激化したことが報告された。また、ディアスポラやBHPの例を挙げ、コミュニティの外に出るからこそヒンドゥーアイデンティティが強まること、さらにはコミュナルバイオレンスが加速することを明らかにされた。また、ヒンドゥーコミュニティ、ムスリムコミュニティというとき、ヒンドゥーは不可触民を差別し、ムスリムが女性を差別するなどの内部の関係を見落としがちではないかという議論ではセキュラリズムを固定したものとして考えないことの重要性を認めた。
インドのエリート層が反コミュナルであろうとするあまり、宗教をポジティブに受け入れられず、その利点を認められなくなっているという興味深い指摘もあった。

「インド制憲過程におけるマイノリティの政治的保障措置をめぐる論争」
マイノリティへの留保議席をめぐって、当初承認しようとされたムスリムが、最終的になぜマイノリティの枠組みから外されたのかという問いに答えるための報告が歴史を追ってなされた。この発表を通して「世俗主義」、「宗教問題」、「植民地主義(的考え)」「マイノリティ」といった概念のあいまいさ、定義づけの難しさが明らかにされた。特に「マイノリティ」については指摘されたように、SC/STは数で言えば多数派であり、注目すべきは社会的、教育的後進性だという重要な視点に気づかされた。

「ポスト冷戦期における核政策の展開と「世論」及び「市民社会」との関係」
インドに「市民社会」が存在するのか、その「声」はどんなものかについて、インド人民党と国民会議派の核政策を通して発表された。1998年の核実験に至るまでの核政策への転換、その後の平和利用への転換に世論がどう関与したかについて考察された。しかしデータの拠り所が「India Today」という英語誌であり、それに答える層は「市民社会」を代表していると言えるのか、という重要な問いがなされた。また、核問題自体、民衆の関心は低いのではないか、多くの民衆にとっては電気が来るという一面のみを見て賛成しているのではないかという声も聞かれた。

「市民社会論」
ヨーロッパの市民社会論を概観したのち、インドにおける市民社会論を考えた。民主化と暴力の政治はつながっていることを、宗教がかかわる暴動を例に報告された。
確かにヴァルシュネイの議論は魅力的ではあるが、報告でもあったように、ゴドラ事件では前日まで仲良くしていた隣人による略奪、レイプ、殺害などが連日報道されていたことから、疑問が残る。
インドでは独立時は国民になることが主体で市民にまで至っていなかったこと、近代になって親族集団の紐帯が切れた人をまとめたのがBJPであり、最終的に暴力に結びついた、という報告は説得力があり、コミュナルコンフリクトの原因の一端を知れたように感じた。

全体を通して
広大な面積にたくさんの人が暮らすインドで「市民社会」がどの程度「市民」を表象しているか一概に言うことはできない。どの階層に、どの地域に、どの世代に焦点を当てるかで、語られるものは大きく変わるということを改めて認識した。今後、経済発展に伴って社会が変容し、「市民」という言葉で想起される集団は変わってくるのかもしれないが、どの声も「市民」であることには変わりない。多くの報告で多角的な視点を提示していただき、これからのインドが楽しみになった。

 

報告者氏名:宮坂綾(早稲田大学大学院政治学研究科)

パネル1では、「市民社会」が大きなテーマであった。4名の報告者がそれぞれの専門分野に沿って、報告を行い、その後の質疑応答へと続いた。

池亀先生の「セキュラリズム論」では、ナンディ(1988)を中心にインドにおけるセキュラリズム論の展開が取り上げられた。質疑応答では、経済発展やグローバリゼーションがセキュラリズムにどのような影響を与えたのか、また、インドのセキュラリズムを語る上で、ヨーロッパの中でセキュラリズムが出てくるまでの歴史的経緯が語られることはあるのか、といった質問が出た。最初の質問に対する回答は、ディアスポラからの海外送金の増加という点では影響があるということ、また2番目の質問には、インド国内の観点からのセキュラリズム論でしかないという答えであった。まとめとしては、「セキュラリズム」という概念のもとで国家建設を試みたインドにおいて、セキュラリズムを問い直すことは、国家体制、コミュニティのあり方を問い直すことにつながる、という結論で終わった。

板倉氏の「インド制憲過程におけるマイノリティの政治的保障措置をめぐる論争」では、留保議席や分離選挙がマイノリティの政治的権利を守る上で有効な手段であるのか、という点が論点となった。また、留保議席や分離選挙は同じものではなく、違った機能を果たすものなのではないか、という指摘もでた。
中西氏の「ポスト冷戦期における核政策の展開と「世論」及び「市民社会」との関係では、選挙結果も分析にまじえているが、選挙のマニフェストにおいて、核問題はどれくらいのプライオリティがあるのか、また、核がどういったコンテクストで語られているのか、という質問が出た。それに対しては、外交問題でも順位が7位くらいなので、核問題のプライオリティはそれよりも下位にあると思われる、という答えであった。また、国際関係においてインドの核政策はパキスタンとの関係からよく語られるが、インド国内において、パキスタンの存在はどれほど意識されているのか、という質問が出た。それに対しては、外交政策ではなく、特に農村部においては、日常の問題として語られるということであった。中西氏の現地調査から、電気が十分に通っていない地域では、電気が通るということは日常に直結する問題として認識されることがある、ということが明らかになったようだ。

中溝先生は「市民社会論」というテーマで、ヨーロッパ起源の市民社会論の系譜をたどり、それをインドのコンテクストにつなげ、インドにおいて「市民社会」とは何を意味するのか、という問題を提起された。西洋では、「自由な個人」という概念がうまれ、社会と個人の間に介在するものとして「市民社会」が発展してきた。一方、インドのコンテクストでは、カーストや親族といった「集団」が社会関係において重要な意味をもつ。そのような中で、インドにおいて、集団とは何を意味するのか、「集団から切り離された個人」をどのように定義するのか、社会と集団の空間をいかにつくるのか、という点が討論の主要なテーマとなった。

 

報告者氏名:楊小平(広島大学大学院国際協力研究科)

 

»「現代インド・南アジア次世代研究者合宿」2010

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