【現代インド・南アジア次世代研究者合宿 受講生研究発表】発表者:中西宏晃

現代インド・南アジア次世代研究者合宿

氏名:中西宏晃(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
発表タイトル:「ポスト冷戦期における核政策の展開と『世論』及び『市民社会』との関係」

本発表は、パネル1の目的である、インドにおける「市民社会」の存否、またはその動態、そして政治過程における影響力を検討するために、インド核政策の展開と「世論」の関係について考察を行うものである。とりわけ、ポスト冷戦期における核政策の変更と「世論」の動向との関わりがあるのか否か、また政策変更の過程で、どのような「世論」の形成がなされたのかに焦点を当てた。また、インド核政策に対する「世論」を検証する素材として、有権者の意思を反映しているであろう、各連邦下院総選挙の選挙結果、さらに政党や有識者(エリート層)、およびメディア(主にその世論調査)の論調を扱った。より具体的には、第一に、1998年総選挙による政権交代(インド人民党中心政権の誕生)により生じた、同年の核実験実施と核保有国宣言、すなわち同国の伝統的な核政策からの政策変更(核の軍事利用の重視)と、当時の「世論」の動向と密接な関係性が見出せるのか否か。第二に、その核実験から2008年の米印原子力協定の締結に至る政策変更(核開発の抑制と核の平和利用の重視への回帰)の過程において、どのような「世論」形成がなされてきたのか。第三に、最近の原子力協力にかかわる諸問題(例えば、原子力損害賠償法や輸入原子炉建設)と「世論」および「市民社会」の関係、ならびにその「市民社会」の実際の影響力について検討を行った。なお、本発表では、「市民社会」の例として、現地のNGOや運動体などを取り上げた。

その上で、発表者は、第一に、1998年の選挙結果(核政策の見直しを掲げたインド人民党の勝利)にもかかわらず、それと同年の核実験実施への賛同とは一概には結びつきがたいという結果が世論調査などから見出せること。第二に、その核実験実施から米印原子力協定締結に至るまでの、インドにおける多様なアクター(主要政党、技術者、財界、戦略アナリスト、反対運動を展開するNGO)による「世論」の形成の過程を考察した場合、当時最大野党であった国民会議派は、1998年のインド人民党政権による核実験に賛同しておらず、また同政権の追求する核兵器保有という軍事優先路線よりも、伝統的な核政策(オプション・オープン政策)と整合性のある戦略的核兵器計画(核開発に抑制的な政策)、および核の平和利用(原子力協力)を追求するような「世論」の形成に努めていたこと。他方、当時の財界や戦略アナリストもインド人民党政権の追求するような積極的な戦略的核兵器計画は必要がなく、むしろ原子力協力の追求が必要であるとの発言をしていたことを紹介した。第三に、反核(反原発)運動を主導する現地のNGOへの発表者のインタビュー調査を基に、その運動は現在精力的に展開されてはいるが、まだインド国内において大きなうねりになっていないという意見が聞かれたこと。そして、当初NGO側は核廃絶で統一されていたが、原子力協力が現実味を帯びたことから、最近では原子力肯定派と否定派とに意見が二分しているという実状が紹介された。

最後に、本発表のまとめとして、核政策と「世論」との関係については、第一に、一般民衆(有権者)の日常的な問題ではないため、選挙結果と政策変更との直接的かつ明白な因果関係は見出し難いこと。第二に、有識者(エリート層)の意見に影響力があるが、他方有権者は、自らの情報不足のために、そういった一部による「世論」形成に流されている可能性があること。第三に、NGOや運動体の影響力も今までのところ、まだ限定的である可能性が示唆された。

以上の発表に対して、参加者から、第一に、核兵器開発と原子力協力を並置して論じるという研究視点は非常に日本的であり、インドではそもそも核に対する認識が異なるのではないか。第二に、確かに外交問題は選挙のイシューにはなりにくいが、原子力による貧困の解決と捉えた場合には、一般民衆の日常生活に関係するイシューとなりえるのではないか。第三に、一般民衆を考察の対象としていながら、現地語メディアにおける論調を調査していないことに問題があるのではないか。第四に、インド人民党と国民会議派の核政策に明確な違いは見出せないのではないか。第五に、核実験の理由には国際要因(安全保障:印パ、印中関係)の方が大きいのではないか、などの質問がなされた。

これらの質問に対して、発表者は、第一に、原子力問題をめぐる中央・州政治の動向(またはそれらの選挙結果など)との関係を今後注意深く検討する必要があること。第二に、資料不足のため、なぜインドが1998年に核実験を行ったのかという問いに対して明確な回答をすることは依然として難しいが、最近の研究動向では、その核実験と国際要因との間に密接な関係を見出すことが難しいため、インド人民党が自身のイデオロギーを満たすために一方的実施されたと指摘するものが増えてきていること、などを指摘した。

»「現代インド・南アジア次世代研究者合宿」2010

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