【現代インド・南アジア次世代研究者合宿 受講生研究発表】発表者:國弘曉子

現代インド・南アジア次世代研究者合宿

氏名:國弘暁子(群馬県立女子大学文学部)
発表タイトル:「マスキュリニティと現世放棄―去勢儀礼を通過した現世放棄者たちのジェンダーに関する考察」

ヒンドゥー女神バフチャラーの命により去勢儀礼を通過し、俗世における男性としての生を捨てたヒジュラたちは、バフチャラー女神に帰依する現世放棄者となり、俗世の人々に対する乞食(こつじき)によって生を営む。「男性でない」「女性でない」というように、ジェンダーに関して否定形で語られるヒジュラであるが、ジェンダー研究の領域においては、もう一つ別の「第三のジェンダー」として固定され、注目されてきた。それは、アメリカの人類学者セレナ・ナンダの研究成果といっても過言ではない。ナンダの研究では、生殖領域から己を乖離させる苦行者(ascetics)としてのヒジュラの存在意義が提示されるが、その一方で、男女のどちらにも当てはまらない西洋のセクシュアル・マイノリティの反転像に据えられた両義的なジェンダー、つまり非西洋の「第三のジェンダー」としてヒジュラを表象した。ナンダによる「第三のジェンダー」の議論は、その当時のジェンダー研究の動向を反映したものであったが、その議論ばかりが一人歩きしてしまい、苦行者とヒジュラとを類比させた彼女自身の考察を蔑ろになった点は否めないだろう。

本報告では、ヒジュラの去勢儀礼におけるマスキュリニティと現世放棄の意義を追究し、さらに、両義的であるジェンダーの開かれた可能性について論じた。具体的には、南アジアの民族誌研究で論じられてきた「精子喪失への不安(semen loss anxiety)」とインド男性特有のマスキュリニティの議論から出発して、精子保持と現世放棄者による禁欲実践に関する議論を提示した上で、去勢儀礼を通過したヒジュラたちが、フェミニニティの対概念としてのマスキュリニティを強化する点、そして、ジェンダーが両義的であることによる多様な他者との関係性について主張した。

フロアーからは、現世を放棄したヒジュラと俗世の人間との依存関係や、多様な他者との関係形成についての具体的な説明を求められた。また、対概念としながらもフェミニニティに関する考察が欠如しており、現世放棄者モデルとしてのシヴァと去勢されないシヴァのリンガの意味について再考する必要性を指摘された。

»「現代インド・南アジア次世代研究者合宿」2010

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