【現代インド・南アジアセミナー 受講生研究発表】発表者:間永次郎

現代インド・南アジアセミナー

氏名:間永次郎(一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程)
発表タイトル:「ガーンディー晩年における『宗教』と『世俗』: サッティヤ、アヒムサー、そして、ブラフマチャルヤ」

2011年度の現代インド・南アジアセミナーにおいて、私は「非暴力とセクシュアリティ: ガーンディーのブラフマチャルヤ思想におけるvīryă理解に注目して」と題した発表をさせてもらった。今回の発表は、この議論を基盤としながら、さらに、晩年におけるガーンディーの宗教政治(religious politics)思想を、「世俗(the secular)」や「世俗主義(secularism)」概念との関係から考察を加えたものであった。

 

本発表の論旨は、かなり簡潔に言うと次のようなものである。1940年代という時期は、ガーンディー思想を考察する上で、一つの集大成的時期とも言え、極めて重要である。これまでの歴史学者K・Sangari[2002]を嚆矢とした先行研究では、この40年代において、ガーンディーの宗教政治の思想(「宗教なくして政治なし」という言葉に示される宗教と政治の一致の思想)が、ネールー主義的世俗主義(Nehruvian secularism)へと変遷したと考えられてきた。これに対し、私はガーンディーの「宗教(dharma)」思想における両義性(”śraddhā”や”dīn”といった第一の意味と、”badhā dharmāṃ je dharma raho che”という第二の意味)を抽出し、これらの意味内容の使い分けによって、晩年の「国家の世俗性」を説くガーンディーの主張を、変遷説を用いずに説明できることを論じた。それだけでなく、晩年においては、ガーンディーの政治実践を基礎付けていた宗教実践が最もラディカルに行われ、故に、晩年こそ、ガーンディーの宗教政治の実践が重要な意味を持っていたことを明らかにした。具体的には、ガーンディーはジョン・ウッドロフのタントラ思想を自らのブラフマチャルヤの実践に少なからず取り入れることで、又姪マヌ・ガーンディーとの裸の同衾という「実験(prayog)」を行った。ここに筆者は、タントラ思想を排除したヴィヴェーカナンダに代表される「新ヒンドゥー教(neo-Hinduism)」言説との決定的相違があると指摘した。

 

発表に対する質疑応答の中では、具体的な概念使用の妥当性や議論の展開における論理的矛盾などの問題を含め、多くの有意義なご指摘をいただいた。ここでは紙数の関係から、発表内容の根幹にも関わる次の一点のみを記すに止めたい。それは、私が発表において用いていた「新ヒンドゥー教」という概念における意味内容の範囲設定に関する問題である。すなわち、私の発表では、ラーマクリシュナのタントラ的要素を排除したヴィヴェーカナンダと、タントラに対しても排他的ではなかった神智学者の思想を同一線上に語っていた。これによって、私が行った新ヒンドゥー教思想と、タントラを取り入れたと考えられるガーンディー晩年の思想の決定的相違という指摘は、内容的に矛盾を孕むものとなっていた。このご指摘は、今後、本発表の内容を修正していく上でも、大変貴重なものであった。感謝の意と共に、ご指摘を考慮して内容のさらなる刷新に取り組んでいきたいと思わされた。

 

 

»「現代インド・南アジアセミナー」2013

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