資料探訪コラム

資料探訪コラム2018-06-06T11:31:24+00:00

第3回コラム

広島大学拠点のウェブ公開:「デジタルアトラス」と「インド地理写真コレクション」

宇根義己(金沢大学・人間社会研究域人間科学系)

広島大学拠点の主たるテーマは、「現代インドの空間構造と社会変動」(第一期(2010年度〜2014年度))、「南アジアの空間構造と開発問題」(第二期(2015年度〜))であり、現在は「空間構造の変動」、「開発問題」、「地理情報システム(GIS)による空間情報の基礎研究」に注力している。資料の収集や研究の公開はこれらのテーマに即した形で進めてきたわけだが、とりわけ広島大学拠点として特徴的なものに「デジタルアトラスと空間情報データベース」、「広島大学インド地理写真コレクション」のウェブサイト上での公開が挙げられる。本コラムでは上記2つの取り組みを紹介する。加えて、所蔵図書の概要と特徴についても案内する。

インド・センサスの地図化「デジタルアトラス」
インドのセンサス(国勢調査)を地図化すること、つまり主題図*1を作成することは、インドの社会・経済的特徴の空間的諸相を捉える際の基礎的作業であり、不可欠なプロセスである。広島大学拠点では、上述した「地理情報システム(GIS)による空間情報の基礎研究」の取り組みにおいてインド・センサスの地図化と公開に取り組んでいる。

インド・センサスは、少なくとも1991年調査結果のデータからセンサス局によりデジタル媒体で一般に販売されてきた(佐藤崇徳・作野広和、1999*2)。その後、2001年および2011年のセンサスデータは、ウェブサイト*3で地図化されて公開されるなど、回を重ねるごとにセンサスのウェブによる情報公開度と地図化は進展している。まさにインドのICT産業の発展をそこにみるようである。しかし、調査者側(政府)によるデータ公開という点に限っていうならば、たとえば日本の国勢調査や経済センサスなどは、町丁目など極めて小さな地域単位でのデータの地図化がオンライン上で閲覧者の手によって実施可能であるのに対し、インドではようやく県単位の国勢調査データの地図の公開が開始されている段階であり、データの地図化には依然として課題も多い。とはいえ、統計データに地名などの地理的情報が付され、さらにその地理的情報の領域が描かれた地図(デジタル媒体、紙媒体)があれば地図化は可能である*4

広島大学拠点では、2011年のインド・センサスのデータが入手できるようになった2012年度頃以降から、同センサス結果の県単位のデータ分析に着手した。センサス局やGISデータを専門に扱うインドの業者ML Infomap社を通じて資料を収集し、GISを用いて地図化を行ってきた。以下では、2018年5月末時点での公開情報について説明する。

まず、基本的なデータを県別に地図化したものとして『デジタルアトラス「インド2011年センサス」』*5を公開している。これは、識字率、指定部族比率といった基礎的な情報に加え、労働者の就労形態や産業に関わるものとして、主たる労働者(main worker)*6の比率または期間労働者(marginal worker)*7の比率などを作図し公開したものである。また、2001年と2011年のセンサス結果を並列して示し、比較した『デジタルアトラス「インド2011年センサスと2001年センサスの比較』*8も作成した。

次に、急速な都市化と郊外化が確認できるデリー首都圏(NCR)の実態を空間的に表象するため、『デジタルアトラス「デリー首都圏(NCR)の社会経済指標マップ』の作成に着手した。これは、デリー首都圏の区(ward)単位で2001年センサスのデータを地図化したものと、デリー首都圏を中心とした北インド*9諸州の県単位で2011年センサスにおける通称HH(Houses、 Household Amenities and Assets) シリーズの主要データを地図化したものとにより構成される。前者は、人口、識字率、主たる就業者比率、女性の期間就業者比率などを、後者はラジオやテレビ、自動車、携帯電話などの消費財を所有する世帯の割合をそれぞれ地図化した。

デリー首都圏を対象とした分析を他都市へも展開するべく、次に『デジタルアトラス「インド主要都市のセンサスの比較」』に着手した。インドの主要都市49の区を単位として、人口、指定カースト人口、識字率(男女および全体)、主たる就業者の割合について、1981年、1991年、2001年のデータをそれぞれ地図化した。識字率については10都市についてのみ分析、公開している。さらに2018年には、農業従事者、家内工業、指定部族についての分析が加えられ、『デジタルアトラス「インド主要都市のセンサスの比較(2)」』として公開された。

広島大学拠点が取り組んできたデジタルアトラスの特徴は、県や郡(現時点では公開していない)、区といった小地域単位に注目している点である。多様性に富むインドの地域的特徴を把握するには、州のような大きな地域的単位では捉えきれないし、州単位のセンサスデータの地図であればセンサス局がすでに公開している。小地域単位で地図化、公開する意義はここにある。都市−農村関係の変容の把握や、都市内部、郊外、さらにその周辺を含んだ大都市圏やメガ・リージョンの動態を定量的に把握するため、今後も小地域単位のデータ分析を中心として継続していく。

故藤原健藏撮影の写真データベース「広島大学インド地理写真コレクション」
INDASの資料整備委員会における事業の一環として、「インド・南アジア写真データベース」事業が展開されている。各拠点に関わりのある先達の研究者が撮影したフィールド写真を中心に整理し、各拠点のウェブ上で公開するものだ。各データベースを横断的に一斉検索し、横串的を入れることのできるシステムも構築されている。2018年5月末時点で、京都大学拠点、龍谷大学拠点、国立民族学博物館拠点、そして広島大学拠点がデータベースを構築しウェブ上で公開している。
広島大学名誉教授の故藤原健藏先生は、1970年代初頭からインド研究に携わり、自然化学・人文科学・社会科学の総合的な視点に立ってインド研究を推進してこられた。特筆すべき点は、1978年度〜1982年度の間の度にわたる南インド農村調査プロジェクトと、1987年度〜1991年度の干ばつ常習地域プロジェクトを調査隊長として遂行され、卓抜した調査力と主導力を発揮されて多くの研究成果を残したことである。加えて藤原先生は、上記プロジェクトを中心に、インド調査にまつわる様々な過程や労苦についても各方面で文章に残してこられた*10。さらに、先生の専門性と地域の特性を鋭く観察する眼で膨大な写真を撮影され、それを丁寧に保管されてきた。広島大学拠点では、藤原先生や当時調査隊に参加された諸先生の協力を得てデータを整理し、『藤原健藏インド地理写真コレクション』*11として2013年3月より写真のオンライン公開を開始した。段階的に整理、公開を進め、2018年5月末時点で公開されている写真総数は8、434枚にのぼる。写真は上述のプロジェクトを中心に、1972年、1978年、1980年、1982年、1987年に撮影されたもので構成されている。撮影地はヒマーチャル・プラデーシュ州からタミル・ナードゥ州までと広域であり、各地を踏破した藤原先生らしさが窺える。

本コレクションの構築における作業過程などについては宇根(2014)*12で詳細に触れているのでそちらに譲るとして、ここでは本コレクションの特徴を紹介しておきたい。

1点目は、本コレクションの写真検索方法として、①「インド・南アジア写真データベース」事業全体として統一された項目(「家族」「歴史的建造物」「職人、手工業」など)による検索、②キーワード検索に加え、③マップ検索ができる点である。マップとは、州および県単位の地図である。コレクション上の「マップ検索」を開くとインドの州地図が表示され、任意の州を選択すると、県単位の地図が表示される。さらに任意の県を選択すると、当該県で撮影されたものと特定できる写真が表示される。地図を使えば、視覚的・直感的に場所(州・県)を特定することができるし、関心のある地域の周辺の写真についても連想的に確認することもできる*13

2点目の特徴は写真に関連する調査行動記録である。藤原先生の率いる調査隊では、隊員の記録担当者が調査日誌を記し保存していた。一方、藤原先生は晩年、ご自身のメモや記憶を調査日誌に加える形で詳細な行動記録を残された。その情報量は膨大で、日誌には写真なども付されている。先生は生前から公式報告としての学術論文等だけでなく、調査行動記録も後進のために公開すべきというお考えであったことがその背景にある。このうち1982年の調査に関する行動記録を、当時隊員であった中山修一先生、米田巌先生、中里亜夫先生、貞方昇先生、高橋春成先生が確認・調整され、それをHINDASウェブサイトに掲載している*14。当該調査で撮影された写真は当然ながら本コレクションに加わっている。閲覧者は写真と調査記録とをつなぎ合わせることで、藤原調査隊の調査地での軌跡や当時のインドの人々や景観等がストーリーとして理解することができる。ぜひ調査記録もご覧いただきたい。

最後に、広島大学および広島大学拠点が所蔵する図書類は、和書・洋書いずれにおいても南アジアの地理、歴史、社会、政治、文化、教育などが幅広く網羅されている。また、旧・広島大学総合地誌研究資料センターで所蔵・活用されてきた書籍や資料も貴重なものである。たとえばインド・センサスは、紙媒体では1931年、1961年、1971年、1981年、1991年、2001年調査のものについてその一部を所蔵している。*15
先達の貴重な記録と記憶、そして現代のインド、南アジアを読み取るアトラス。広島大学拠点の資料およびウェブサイトではそのような「温故知新」を感じとれるだろう。

[1] 地図は一般図と主題図とに分けられる。地形図のような基礎的な情報が記載された地図を一般図、特定の利用目的に応じて必要な情報が記載されている地図を主題図という。

[2]佐藤崇徳・作野広和(1999):インド農村調査におけるGISの導入—センサスデータおよび現地調査データのGIS化への試み—、地誌研年報、8、121-142.

[3]http://www.censusindia.gov.in/DigitalLibrary/Archive_home

[4]ただし、地図にすればなんでも良いわけではない。たとえば、県別の人口分布図を作成する際、当該の領域(ここでは県の形の部分)に色を塗って、その濃淡で数値の大きさを表現するのはNGである。領域(県)の面積や形態によって数値が過大(過小)に表現されるためである。この場合、円グラフや棒グラフの大きさにより表現するべきである。こうした作図のルールを踏まえなければ誤った情報・分析がなされることになるため、注意が必要である。

[5]http://home.hiroshima-u.ac.jp/hindas/gis_database_2011.html

[6]主たる労働者とは、1年間のうち就労期間が半年以上の労働者のことをさす。

[7]期間労働者とは、1年間のうち就労期間が半年以下の労働者のことをさす。

[8]http://home.hiroshima-u.ac.jp/hindas/gis_database_1.html

[9]ウッタラーカンド州、ヒマーチャル・プラデーシュ州、ウッタル・プラデーシュ州、デリー連邦直轄地、ハリヤーナー州、パンジャーブ州、ラージャスターン州が該当する。

[10]たとえば以下の2稿が挙げられる。藤原健藏(1998):広島大学のインド調査—何を、どのように行ってきたか—、地誌研年報、7、55-71.、藤原健藏(2006):回想:私のインド農村調査25年、地誌研年報、15、1-39.

[11]http://hindas-db.hiroshima-u.ac.jp/metadatas/search_by_advanced

[12]宇根義己(2014):『広島大学インド地理写真コレクション』構築の取り組み—INDAS(NIHUプログラム「現代インド地域研究」)南アジア写真データベースとして—.

[13]ただ、撮影地を捕捉することは容易ではなく、半数ほどは県まで特定できていない。筆者は本コレクションの公開に携わったのだが、写真の情報整理は一筋縄ではいかなかった。藤原先生は非常に丁寧にネガやポジのフィルムを保管されていたのだが、後進にはひとつひとつがどこで撮影されたのかを全ての写真について特定するのはほぼ不可能である。調査記録の読み込みによる推測にも限界があり、資料整理に携わった板倉和裕氏(現・奈良高専)などと相談したうえで、藤原先生のご自宅や病室へ何度も足を運んだ。

[14]http://home.hiroshima-u.ac.jp/hindas/Photo_db/fujiwara_field_note1982_ver1.pdf

[15]デジタル媒体のセンサスに関しては、1991年、2001年、2011年調査のものをHINDASで所蔵している。1991年と2001年についてはPCA(Primary Census Abstract)シリーズからB、C、D、HH、SC、STシリーズが一式揃えられており、1991年、2011年のデータは一部のみ所蔵されている。

バックナンバー

No. 作者 タイトル 作成年 PDF
1 脇村孝平 史料へのアクセスから見たインド史研究の今昔 2017.07
2 小川道大 東大拠点「植民地史資料」にみる「インド省記録文書」 2018.02

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