【ワークショップ要旨】
寺院や宗教団体が教育や医療・社会福祉といったソーシャルワークを主導する動きが、南アジアの諸宗教において活発になっている。これらの活動は、多くの場合、信者から集まる資本が元手とされており、こうした活動を行う宗教団体の中には、法人化したり、NGOを立ち上げて活動したりするものもある。本ワークショップでは、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教、イスラーム教における諸経済活動に着目し、宗教を媒介に繰り広げられる信仰と資本の動きの関係、そして宗教を通じた財の再分配のあり方について検討する。さらに、南アジアだけでなく中近東、東南アジア地域を対象とする研究者も招聘し、南アジアとの比較を行いながら、宗教と経済の関係を多角的に議論する。なお、タイトルにあるトラストとは、取引の際の「信用」と(宗教)「法人」の両方の意味をもつ。
【使用言語】日本語
【連絡先】梅村 絢美(日本学術振興会/東京大学)(la_pansee_
【要旨】
発表①藏本 龍介(東京大学)
「ミャンマーの仏教NGO:布施に依拠する社会福祉事業の特徴」
ミャンマーではイギリス植民地期以来、多様な仏教徒組織(仏教NGO)が登場しており、仏教振興事業のみならず、社会福祉的な活動に従事している。これらの仏教NGOは、「社会から布施を集め、集めた布施を管理し、仏法僧あるいは社会的弱者に布施する」組織として発達してきた。その点において、助成金を基盤とし、それゆえに官僚制化や監査文化化が著しい欧米型のNGOとは異なる特徴をもつ。それでは布施に依拠する仏教NGOの特徴・問題とはどのようなものか。そしてそこにはどのような宗教と開発のダイナミズムがみられるのか。本発表では、2008年に設立されたT瞑想センターの社会福祉事業を事例に検討する。
発表②梅村 絢美(日本学術振興会/東京大学)
「布施とサーヴィスの多層性:スリランカ仏教寺院における献血をめぐって」
スリランカの仏教社会福祉において、「布施」はサーヴィス提供者と受給者をつなぐ倫理として極めて重要な位置を占めている。そこでは、サーヴィス提供者のみならず、彼・彼女らをサポートする行為も布施と位置づけられ、より多くの信者たちの参与が促されるのである。本発表では、K寺院を母体とする社会福祉法人が毎月のポーヤ(満月)の日に境内に開設する献血キャンプを取り上げ、献血のみならず、医療スタッフや献血者へのサポートといった入れ子状の布施によって成り立つ献血キャンプ運営について考察する。
発表③竹村 和朗(日本学術振興会/東京外国語大学)
「現代エジプトにおけるワクフ(宗教寄進)の制度と実践:国家管理の拡大と個人の対応」
ワクフ(宗教寄進)は、イスラーム文化に長らく根づいた制度であるが、政治・法体制の「近代化」の中で大きな変容を遂げ、ワクフ制度自体が廃止されたり、あるいは国家の厳しい管理下に置かれたりするようになっている。本発表では、そのような変容を経たエジプトを事例として、20世紀初頭からのワクフ法の制定・改変の歴史とそれによる国家管理の拡大を示したうえで、21世紀初頭現在のワクフに関する状況を紹介し、この「イスラーム的」制度が国家と個人の間を揺れ動く様子の意義と展望を議論したい。
発表④池亀彩(東京大学)
「グル・エコノミー:南インドにおける帰依と経済開発」
経済発展の社会理論は、自己決定権をもった独立した個人が確立されることをその前提としてきた。宗教リーダー(グル)へ決定を委ね、その意見に一見盲目に従う信者の姿は、近代的な個人の理想像と対局にあるといえるだろう。しかしグルを長とするインドの僧院とその信者との関係は、むしろあえて自己決定権を放棄することで、信者集団全体の発展を実現し、利益を確保するものである。本発表ではカルナータカのリンガーヤット僧院の社会的・経済的な発展を追いながら、戦略的な自己決定権の放棄の意義を考察する。
発表⑤中谷純江(鹿児島大学)
「マールワーリー資本の隆盛:ヒンドゥー教聖地における祖先崇拝とパトロネッジ」
19世紀後半から20世紀にかけて、宗主国イギリスの力に陰りが見え、世界が恐慌に見舞われる戦間期に、後に「マールワーリー」と呼ばれるラージャスターン出身の移住商人たちは、様々な形の象徴的資本への投資を通して、影響力を高めていった。インド的近代の形成過程に彼らが与えた影響は大きく、政治経済制度、法制度、宗教制度の近代化過程に自身が適応しつつ、一方で制度自体の構築に働きかけていったといえる。本発表では、王や貴族、領主の寄付によって支えられてきた聖地が全国的に一般の巡礼者をあつめるヒンドゥー教聖地へと生まれ変わる過程でマールワーリーが果たした役割について論じ、宗教と経済のダイナミズムについて考察する。