【現代インド・南アジア次世代研究者合宿 受講生研究発表】発表者:板倉和裕

現代インド・南アジア次世代研究者合宿

氏名:板倉和裕(広島大学大学院社会科学研究科)
発表タイトル:「インド制憲過程におけるマイノリティの政治的保障措置をめぐる論争」

本報告は、インド制憲過程におけるマイノリティの政治的保障措置をめぐる論争を手がかりに、世俗主義の概念がインド憲法にどのように組み入れられたのか、その結果として、なぜ世俗主義規定の曖昧さが生み出されたのか、を考察した。

植民地国家と独立後インドとの政治制度における相違は、独立後インドが植民地国家の象徴的な制度の1つであったムスリムをはじめとする宗教的マイノリティに対する政治的保障措置を廃止したことである。しかし、制憲議会は、独立後、直ちにムスリムに対する保障措置を廃止しようとしたわけではない。制憲議会は、当初、ムスリムに対しても保障措置を留保議席の形態により承認しようとしたが、最終的に、留保議席の対象を指定カーストと指定部族だけに限定することにした。

報告者は、制憲議会がムスリムに対する留保議席廃止を決定するまでに生じた時間差の要因を、次のように説明した。最初の憲法草案は、保障措置の承認を前提とする閣僚使節団声明の構想を反映したものであり、印パ分離後の政治的情勢の変化を考慮したものではなかった。保障措置そのものを見直すという議論にはすぐには至らなかったので、ムスリムのような宗教的マイノリティと指定カーストとが、留保議席の対象となる「マイノリティ」として並置され、植民地国家的な考え方の持ち越しが起こった。

しかし、憲法草案作成後(1948年以降)の政治的見解は、政治的情勢の変化を踏まえたものであり、制憲議会は、世俗主義国家であるインドにおいて、ムスリムに対して保障措置を承認することが妥当であるか否かを見直し、ムスリムではない他のマイノリティをより重要であると考え、「マイノリティ」概念の再構築を行った結果、ムスリムを留保議席の対象から外すことにした。ただし、ムスリムに対する保障措置の廃止は、宗教の全くの否定を意味するものではなく、その背景には政治的代表の問題の文化的権利の問題へのすり替えがあった。その結果、制憲議会では、インドは世俗主義国家であるということが強く意識されながらも、世俗主義規定の曖昧さが生み出されることになった、と報告を締め括った。

本報告に対して、おもに次のような質問がなされた。何を基準に「マイノリティ」は定義されるのか、数か何か別の基準か?独立後インドが世俗主義国家を志向していたのであれば、なぜ統一民法典の制定を行わなかったのか?ネルー、パテルおよびアンベードカルといった有力指導者が制憲過程において具体的にどのような役割を担ったのか?質問の他には、制憲議会の外で起こっている当時の政治状況も考慮すべきである、という指摘がなされた。

»「現代インド・南アジア次世代研究者合宿」2010

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